「正しい立ち方」を実践すると、超能力レベルの「勘」が身に付くかもしれない

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最近、直感が冴え渡っています。

どんな直感かというと、こんな感じです。

  • 携帯電話の電源を入れずに時間が分単位で予想できた
  • 普段携帯は持ち歩かないのに、気になって持っていったら、携帯が必要な事件が起きた
  • 携帯に営業電話がかかってきて、その相手を予想できた

「信じる信じないはあなた次第です」なんですが、こんなことがありました。

詳しくお話します。

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携帯電話の電源を入れずに時間が分単位で予想できた

朝、ふと目覚めた時に、時間を確認したい時ってあるじゃないですか。

で、私の部屋には時計がありません。

時間を確認するには、携帯を開くしかありません。

私は夜に電話がなるのが嫌なので、電源を切っています。
(目覚ましをセットすると、自動で電源が入って、アラームが鳴ります)

その時は目覚ましをセットしていませんでした。

なので、手動で電源を入れて、携帯を開いて(ガラケーです^^;)時間を確認しなければ、今の時間を知ることはできません。

それで、朝目が覚めたんですが、携帯に布団から手を出して、携帯の電源を入れるのがめんどくさかったんです、冬だし、寒いし、私の住んでる所は東北の岩手なので、部屋の中でも0度近くにはなってるんじゃないでしょうか?(言い過ぎ?)

それで、携帯に背を向けて、「めんどくさいなぁ」と思いながら、イメージの中で、携帯電話に電源を入れて、開いて、時間を確認しました。

何時かは覚えていませんが、「27分」だということは、ハッキリ確認できました。

この時、この時間に自信があるとか、確信があるとかは、全然なかったし、ただのイメージだと思っていました。

なので、その数分後、「やっぱり、時間確認するか」と思い直して、実際に携帯電話に電源を入れて、時間を確認したら、「29分」でした。

「ひょっ!?(驚)、さっきの27分って、マジだったんじゃね??」

ビックリしつつも、「もしかして俺は凄いかもしれん」と変な自信が湧いてくる感じでした。

「イメージしただけと思ってるかもしれないけど、実際に携帯に電源入れて、夢遊病患者のように、時間を確認して、もう一度電源切って、そのことを自分が忘れてるだけじゃね?」

という意見もあると思いますが、私自身は確かにイメージの時は、携帯には電源を入れてないし、その数分後に始めて、実際に電源を入れました。

事件もののテレビのように、それを証明できる他人がいないので、やっぱり、やりすぎコージーのように、「信じるか信じないかはあなたしだいです」という締めにはなってしましますが。

さらに、こんなこともありました。

普段携帯は持ち歩かないのに、気になって持っていったら、携帯が必要な事件が起きた

私は普段あまり携帯を持ち歩きません。(それって携帯じゃないじゃん)

色んなツッコミはあるとしても、それを余裕でスルーして、話を進めます。

その日も近所のスーパーに車で行こうとしていました。

いつもなら、携帯は家に置いて、身軽な感じで行くんですが、その日は何故か、何かが気になって「持っていった方がいいかな・・」と思って、実際に携帯を持って行きました。

そしたら、車のタイヤがパンクして、タイヤ交換方法をすっかり忘れていたので、自動車修理工の父に連絡しなければならない事態になりました。

いつもの私なら、この時点で連絡手段が無いので、結構めんどくさいことになります。(スーパーの人に電話借りるとか、一般の方に無理言って、携帯を借りるとか)

それで、この日はたまたま「携帯持っていくか」と思えたお陰で、無事、父に携帯から電話することができて、事は丸くおさまりました。

「最近の俺冴えてるぅ~!!」

と、アンタッチャブルの山崎バリに思った次第でした。

そして、今日、もう一つ、「冴えてるな」と思ったことがありました。

携帯に営業電話がかかってきて、その相手を予想できた

昔、営業電話が携帯にかかってきて、凄い不快な思いをしたことがありました。

正直、根が無駄に真面目なので、その件で結構落ち込みました。数ヶ月位は落ち込んだと思います。

「落ち込みすぎじゃね?」

と思うかもしれませんが、映画のダンサー・イン・ザ・ダークを見て、3ヶ月くらい落ち込み続ける位の、感情移入しやすい、めんどくさい性分なんです。

んなこたぁ、良いとして。

その「落ち込んだ電話営業の件」以来、精神的疲労が激しくなりそうな営業電話はとりたくないし、仕事の集中力も切れるので、普段は携帯電話の電源は切るようにしていました。

「それってもはや携帯じゃなくない?」

というツッコミも華麗にスルーして、その日も、着信やメールをチェックしようと、携帯の電源を入れました。

そしたら、「ピンポンパンポーン♪」と、着信かメールがあったことを知らせる音楽が鳴りました。

で、見てみると、どうやら着信があったようでした。

その瞬間、「あの嫌気分になった営業電話の件」のイメージがドンドン頭に湧いてきて、少し気分が悪くなって来ました。

「なんで、こんなこと思い出すんだろ」と思いながらも、着信のあった番号をGoogle検索して、発信元を調べました。

そしたらそしたら、まさしく、「あの嫌な気分になった営業電話をかけてきた会社」からの着信でした。

それで、詳しく調べて見ると、どうやら詐欺的な会社のようでした。(あえて名前は挙げませんが)

それよりも、その電話番号を見た瞬間に「あの嫌な営業電話の件」を思い出したのが、「凄いなぁ」と自分のことだけど、思いました。

って、この記事今書いてて思ったんですが、その電話番号が潜在意識の奥底に「記憶」として残っていて、その番号を見た瞬間、その当時のこと(営業電話で気分を悪くしたこと)を思い出しただけかもしれませんね。

というか、こっちの方が、論理的に納得しやすい(笑)

立ってパソコンをするようにしてから、これらの「勘が冴える事件」が起こった

まぁ、最後のは置いとくとしても、最初の2つは、自分的には、「結構凄いなぁ」と思っています。(自慢するとかじゃなく)

結局は、「信じるか信じないかはあなた次第」なんですが、なんで、こんなに最近、勘が冴えわたっているのか、自分なりに考えて見ました。

そしたら、思い当たる所が1つありました。

それは、「立ってパソコン作業をする」ようになったことです。

立ってパソコン作業をするようになった経緯と、途中経過は次の記事にまとめてありますので、もしよければ、見てみて下さい。

立ってパソコンをすると、筋肉ムキムキになって最強の肉体を手に入れられるかもしれない

それで立ってパソコン作業をするようにしたことが、「最近の勘の冴え渡り」の原因なんじゃないかと、今考えています。

その理由をこれからお話します。

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勘を働かせて戦場を生き延びた人、藤平光一さん

まず、人間は自然でリラックスした姿勢だと、「勘が働くようになる」そうです。

これは、合気道などをやられている、藤平光一(とうへい・こういち)さんの次の著書を呼んで知りました。

氣の威力 | 藤平 光一 |本 | 通販 | Amazon

よく武道などで、「丹田に力を込めろ」とか「丹田に氣を集めろ」という話があります。

藤平さんは、この「丹田に意識を集中させる」ことで、「戦地を生きてくぐり抜けた」そうです。

それには「勘」の役割も大きかったようです。

その部分を引用します。

(引用文に出てくる「臍下の一点」とはさっきの「丹田」のことです。)

臍下の一点に心をしずめて行動すると、度胸がつくだけではない。不思議とカンが鋭くなった。

たとえば、行軍中、前方に敵が待ち伏せをしているのがなんとなくわかるのである。臍下の一点に心をしずめていると、リラックスして安心感があるが、それでもザワザワと不安な氣が起きてくることがある。ふつうなら、下腹に心をしずめれば、不安は消える。それでも消えないというときは、自分のせいではないはずだ。というもおかしい。そう考えていると、次第に前方の山の形が氣になってくる。そこで偵察を出すと、たいてい、敵が隠れていた。こうして、私は敵の待ち伏せ攻撃を避けたことが何度もある。

(太字強調などは、私の方で加えました)

戦場を生き抜くために「働いた勘」は丹田に気をしずめることで、体得できたそうです。

命をかける場面での勘ですし、それが上手く働かなかったら、藤平さんはこうして、本を出版することもできなかった思います。

ですから、私はこの藤平さんのエピソードと「丹田に気をしずめる」ことが人間の自然な状態だと考えています。

でも、これだけだと、私の「勘が冴え渡ったエピソード」とは繋がりません。

私はもう一人の達人の本を発見し、その人が言う、「正しい立ち方」を意識して、ずっとパソコン作業をしていました。

その結果、立った状態の自然体に近い状態になっているので、勘が冴えてきていると考えています。

稽古を積めば積むほど強くなる沖縄古伝空手の宇城憲治さん

まずは、その達人を紹介します。

沖縄古伝空手、心道流空手道師範の宇城憲治さんです。

私は古武道にも興味があって、古武道家の甲野善紀さんの本も読んだりしています。
あるとき、Amazonで武術関連の本などをあさっていたら、こんな文章がありました。

古武道家・甲野善紀氏をして「すごい人がいる」と言わしめたその技の数々は、数多くのスポーツ選手を引きつけてやまない。

「古伝空手の発想 身体で感じ、「身体脳」で生きる (光文社新書)」の紹介文より

甲野さんが「凄い」っていう人は、凄いに違いないと思って、早速、宇城憲治さんの次の本を買ってみました。

武道の心で毎日を生きる (サンマーク文庫) | 宇城 憲治 | スポーツ | 本 | Amazon

この本の中で、最も「凄いっ、これは本物だっ」と思ったのは次の部分です。

私の師・座波先生は91才を超えてなお、突きの威力は私の突きをはるかに上回ります。

(「突き」とは現代風に言えば「パンチ」のようなモノです。)

「91歳を超えても、甲野さんが凄いといっている武道家の突きよりも、はるかに強い突きを打てるなんてっ」

普通の武道とかスポーツとかって、「年を取ると弱くなってくる」じゃないですか、少なくともそういうイメージがありますよね。

でも、この宇城憲治さんの師匠の座波さんは、91才を超えても、「弟子の宇城さんよりも、強い突きを打てる」なんて、本当に本物の武道だと思いました。

それで、その宇城憲治さんが、「正しい立ち方」というのをこの本の中で解説されていました。

それが次のモノです。

まずは正しい立ち方です。これはスポーツ選手だけでなく、全ての人にとって大切な基本です。

両足を軽く開いて立ち、足裏全体で体重を支えます。そのとき、大事なことは、かかとを意識するということです。漠然と立っていた最初に比べて、足の裏に身体の重さを感じ、足裏で地面を踏みしめている感じがだいぶわかってきたのではないでしょうか。

この「立ち方」を意識して、私はずっと、パソコン作業をしていました。

この正しい立ち方こそが、言葉は違いますが、藤平光一さんが戦場で実践していた、「自然体」なんだと、私は思っています。

なぜなら、宇城さんの言う「正しい立ち方」を実践していたら、「自然と丹田に重心が落ち着く」ように感じてきたからです。

気分も落ち着いてきましたし、呼吸もものすごく楽に、深くできるようになりました。
また、声も前より低くなったように思います。

そういう「正しい立ち方」でパソコン作業を続けていたところ、「俺、勘が冴え渡ってるかもっ」と思えるようなことが起こるようになってきました。

なので、「正しい立ち方」を実践すれば、もしかしたら、あなたも同じように「勘」が冴え渡ってくるかもしれません。

私はこれからも、宇城さんの言う「正しい立ち方」を続けていこうと思っています。

では、またっ^^

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